文章
熱く火照った体の表面をクーラーの冷気が這っていく。
最高に気持ちがいいです。
思い付きの言葉を吐瀉物のように書き散らしているこのブログですが、流石に支離滅裂過ぎて、もう少し構成を考えて書こうと思いました。
錦繍
まだ全部は読んでいないけれど、主人公が知り合いの女性に無理心中をさせられそうになったところから物語は動いていく。
自分の手に取る本はなんでこんなに暗い本ばっかりなのかな。
でも、不思議とワクワクしている自分に慄然とする。
物語中、モーツァルトの曲について「死」との関連が語られるが、クラシックを解さない僕が唯一好きなクラシックが、ショパンの「葬送」である。
どうやら僕は本能的に「死」に焦がれているところがあるらしい。死体とかが好きなわけではないけれど、死ぬ間際を想像することが即ち1番生きている実感が湧くから。
そういえば、幼い頃習っていた英会話の学習で使っていたテープに、1人の人間が産まれてから死ぬまでの物語を収録したものがあり、不気味に感じながらもその死ぬ瞬間のところだけ繰り返して聞いていたような記憶がある。
またも、支離滅裂になったけれども、自分の考えを整理するための日記のつもりなので、別にいいかとも思ってしまう。
野卑
ほんとはもっと練って文章を書きたいんだけど。
活字慣れと称してハタチぐらいの頃から始めた大っ嫌いだった読書が、今では月10冊前後は読めるようにまで成長?した。
が、最早読書が努力では無くなってしまって、怠惰や現実逃避の時間に変わってしまっている。
そして、いつまでも読書の価値は読書量にあるという思いから逃れられなくて、一冊に没頭して向き合うという読書が出来ない。数をこなすことに価値や使命を感じている。
読書好きというのは、人生で一冊しか読んだことがなくても、その一冊を深く深く読み込める人のようなことを言うのだろう。
僕の読書は所詮お飾り。積み重ねることに喜びを見出すコレクター癖が表れている。
終わっている。こんな自分にほとほと呆れる。
炎
川端康成における『雪国』
どの作品にも、火や炎の描写が印象的であり、そもそもそれをテーマに書かれているようなものもあるけれど、これらを読んでいると女性と火・炎の共通点のようなものを考えてしまう。
まずは、男性は女性のイヤリングやワンピースなど、揺れるものに惹かれると聞いたことがあるが(定かな記憶ではない)、火や炎を思い浮かべる時、それらは必ずゆらゆらと揺らめいているのではないか。
次に、上記と関連して、ギリシャ彫刻などで美しいとされるS字の曲線だが、これも揺らめく炎はS字を彷彿とさせなくもない。
以上の事から、火や炎に性的な興奮を覚えることはなんとなく理解出来なくもないような気もしてくるし、女性経験のことを火傷するとか、火遊びとか表現することも何かそんな意識のようなものを感じたりもしてきた。
思いつきで書いているので支離滅裂なのだが、美しい女性を炎で焼く『地獄変』はその最たるものなのではないのでしょうか。
影響力
タイに行っていたのもあり、毎日更新が早速途絶えてしまった。
ふと、今日思ったことを書きます。
ボランティア仕立ての番組?で、出演した芸能人が報酬をもらう事について、異議を唱えるケースが目立つけれど、じゃあ仮にいくら僕らみたいな凡人がチャリティーを呼びかけたところで、結果を出すのに時間がかかったり、そもそも影響力がないため全く何も残せなかったりするのに対して、既に地位と名誉を勝ち取っている芸能人が同じことをしようと思えば、かなり短時間に莫大な影響力を持って遂行出来るのだから、その人の功績に見合った報酬はあって然るべきなのでは。
上手く言えないけれど、その行動ひとつにお金が発生するというより、その人が今まで培ってきた信頼の結果なのだから。。。
ちなみに某番組自体は全く面白くないし好きではないけれど。